泣いちゃうかもよ
| 3 最後の夜 ママは回復の見込みが絶たれて、 集中治療室から個室に移された。 自分ではもう、呼吸すらもできなくて、 喉に穴をあけられて、 そこに管をつきさされて、 その穴から管でつながった大きな機械が枕元で シューシュウ シューシュウ ・・・・・ママに呼吸をさせていた 若い医師が病室にきて、 淡々とママの病状について、説明をしはじめる 父はもう、てんで上の空で、 ただただ、ママの手をさすり続けてる 医師の方へふりむきもせず、 もちろん、その話しも聞いてもいないようだった 医師が説明をしているにもかかわらず、 ママに一生懸命話しかけてる。 忘れられない、あの日の父。 「ママ・・・。マーマ・・・。 いいんだよ、車椅子だろうがなんだろうが ママさんよぅ。返事してくれ、ママ、マーマ。 体がハンブン動かなくても、 全部動かなくても、なんの問題もないんだよ ママにはパパがついてるんだから パパがママの世話をなーんでもするから、 なーんにも、心配いらないんだからね ね。 ・・目を覚まして。 ・・ね?ホラ、 ママ、ママ。 ママは甘えん坊だから、 ひとりで寝ているのはさみしいンでしょう? ね、マーマ。 目を覚まして、家に帰る支度しようよ。 そしてまた、一緒に寝よう。 家に帰って、パパと一緒に寝ようよ・・・。なぁ、ママさんよぅ。 頼むよ。返事して。 起きて、起きてよ、ママ、マーマ。」 医師がうしろで父に話しかけてるのに、 父は背中を丸め、ママにむかって、 べそべそべそべそ泣きながら、 ママの手をさすり つぶやくように話しかけ続けている・・・ |
ママの手の甲が ・・・・父の涙で濡れていく |
| 医師の読み上げる、ママの病状。 ママは脳死になった。 ママの命は、この呼吸器の機械を止めれば、 即、おしまい。 心臓がもつのも、長くて一ヶ月でしょう。 それを聞くのは辛かった。 (そこで泣き出すこともできたはずだが) なぜか私は、どきどきしながら、 父と医師をかわるがわる見ていた。 父は、最後まで医師の話をきこうとしなかった 若い医師は、父の背中にお辞儀をして病室を出ていく パパ・・・。 いつもいつも、どんなことがあっても、どんなときでも、 家族を怒らせるくらい明るくてノウテンキだった父親が、 ・・・弱った、困った、と、 決して口に出さなかったあの父親が、 背中を丸めて、ママの手をとり、 べそべそべそべそ、泣いている。 うつろな目をして、ママにばかり話しかけてる。 中学生の私には、それが、とっても嫌だった。 オヤヂ、しっかりしてくれよッ !!! ・・・・・声に出せない気持ちをもてあます 兄は医師の説明の途中で病室を出ていって、 暗い待合室のベンチで、 ぼー・・っと遠くを見ていた。 「ワタシはひとりぼっちだ。」 ふいにそんな恐怖感が私を包む いつでも安心してわがままを繰り返してきた。 それでも日々は楽しく過ぎていったのだ、どんなときでも。 私は家族に全力で守られているのが、あたりまえだったから。 だけど、今、ワタシはひとりぼっちだ。 みんな、自分の悲しみだけで手一杯 誰も今、私を助けてはくれるヨユウはないんだ。 そしてワタシは、誰を助けることもできないの・・・? 生まれて初めて味わう、 誰のせいにもできない無力感 どうしたらいいの?ねぇ、ママ、教えてよゥ・・・・・・・。 制服のスカーフをもてあそびながら 冬枯れの桜並木の枝先に、つぼみを探す 涙はまだ、出なかった |
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夜、病院から呼び出しをうける 父親と無言で病院へ急ぐ 呼び出しの理由はわかりきっている それでも、まだ、まだ今は 言ってはいけないことを言いそうで 聞きたくないことを聞きそうで それが怖くて 父親のほうを見ることもできず 真っ暗な道をひた走る うす青い照明の廊下の先で ・・・・病室は騒然としていた ママの上に医師がのっかって、 心臓マッサージを繰り返す。 ものすごい勢いで。 医師が鋭い声で指示を出し、 看護婦さんが走り回っている。 注射器や薬のビンがワゴンの上で カチャンカチャンと 音を立てて揺れている。 ・・・こわいよゥ! ママがこわれちゃうよ!!やめて、やめて!! 怖くて怖くて、どんどん怖くなって、アタマがグラグラした。 やがて、先生がゆっくり ベッドから離れて腕時計をみる。 長い長い沈黙・・ 「8時45分…。ご臨終です」 ばたばたばた、と 大粒の涙が私の肩に落ちた。 私の肩をうしろから抱いていた、 父の両目から大粒の涙。 止まらない、涙。 仕事先から直接来た兄は青ざめたま 両方の目からポロポロポロポロ 止まらない、大粒の涙。 その父も、兄も、先生も、ママも、 ・・・涙のむこうでゆがんでみえてる。 何も言えない。声が出ない。動けない。 息苦しい。 どうすればいい?どうにもできない! 「おとぉさぁぁぁん!! 」 ・・・・・遠くの病室から、悲鳴が聞こえてきた。 ・・・ああ、どこかで、私たちと同じように 家族と悲しい別れをしているんだなぁ・・ ぼんやりしたアタマでそんなことを考えた ・・・・・私は、といえば ・・・・・・動けない。 ママに駆け寄って、抱き着いて、 ママ---!!!って、泣くこともできないで、そこにポカンと立っている 父も兄も、一緒だった。 ただただ、父と息子と娘がぼんやりとつっ立って ・・・・・・声も出せずに 「遺体」となった母親の前で でもその「現実」をうけいれられずに ・・・・・・動けない。 看護婦さんがてきぱきと ママをぐるぐる巻きにしていた管たちをはずしていく 注射針を抜く いろいろな機械を片付ける 「いま、お母さんをきれいにしてあげるからね」 優しく私に微笑んで 母の顔をコットンでぬぐいはじめる それから、どうやっておうちにたどり着いたのかは ・・・・・覚えていない 思い出したくないのかもしれない ・・・・2/10、とてもとても、寒かった夜。 |