2.泣いちゃうかもよ
| 2-3 最後の夜 ママは回復の見込みが絶たれて、 集中治療室から個室に移された。 自分では呼吸もできなくて、喉に穴をあけて、 そこに管をさして、 管でつながった大きな機械が枕元で シューシュウ シューシュウ と、ママに呼吸をさせていた。 若い医師が病室にきて、 淡々とママの病状について、説明をしている。 父はもう、てんで上の空で、 ただただ、ママの手をさすっていた。 医師の方へふりむきもせず、 もちろん、その話しも聞いてもいなかった。 医師が説明をしているにもかかわらず、 ママに一生懸命話しかけてる。 忘れられないあの日の父。 「ママ・・・。マーマ・・・。 いいんだよ、車椅子だろうがなんだろうが。 体がハンブン動かなくても、 全部動かなくても、なんの問題もないんだよ。 ママにはパパがついているんだから。 パパがママの世話をなんでもするから、 なーんにも、心配いらないんだからね。 ・・目を覚まして。 ・・ね? ママ・・。 ママは甘えん坊だから、 ひとりで寝ているのはさみしいでしょう? ね、ママ。 また、一緒に寝よう。 家に帰って、パパと一緒に寝ようよ・・・。」 医師がうしろで父に話しかけてるのに、 父は背中を丸め、ママにむかって、 べそべそ泣きながら、 ママの手をさすりながら、 つぶやくように話しかけ続けている・・・。 医師の読み上げる、ママの病状。 ママは脳死になった。 ママの命は、この呼吸器の機械を止めれば、 即、おしまい。 心臓がもつのも、長くて一ヶ月でしょう。 それを聞くのは辛かった。 私は、どきどきしながら、 父と医師をかわるがわる見ていた。 父は、最後まで医師の話をきこうとしなかった。 若い医師は、父の背中にお辞儀をすると、 病室を出ていった。 いつもいつも、どんなことがあっても、どんなときでも、 家族を怒らせるくらい明るくてノウテンキだった父親が、 ・・・弱った、困った、と、 決して口に出さなかったあの父親が、 背中を丸めて、ママの手をとり、 べそべそべそべそ、泣いている。 うつろな目をして、ママにばかり話しかけてる。 中学生の私には、それが、とっても嫌だった。 オヤヂ、しっかりしてくれよッ 兄は話しの途中で病室を出ていって、 暗い待合室のベンチで、 ぼー・・っと遠くを見ていた。 夜、病院から呼び出しがあった。 父親と駆けつけたとき、 病室は騒然としていた。 ママの上に医師がのっかって、 心臓マッサージを繰り返す。 ものすごい勢いで。 看護婦さんが走り回っている。 注射器や薬のビンがワゴンの上で カチャンカチャンと 音を立てて揺れている。 こわかった。 ママがこわれちゃうよ!!やめて、やめて!! 怖くて怖くて、アタマがグラグラした。 やがて、先生がゆっくり ベッドから離れて腕時計をみる。 長い長い沈黙・・。 「8時45分…。ご臨終です」 ばたばたばた、と 大粒の涙が私の肩に落ちた。 私の肩をうしろから抱いていた、 父の両目から大粒の涙。 止まらない、涙。 仕事先から直接来た兄は青ざめたま、 両方の目からポロポロポロポロ、 止まらない、大粒の涙。 その父も、兄も、先生も、ママも、ゆがんでみえてる。 私の涙もとまらない。 何も言えない。声が出ない。動けない。 どうにもできない。苦しい。でも、動けない!声も出ない! おとぉさぁぁぁん!! 遠くの病室から、悲鳴が聞こえてきた。 ・・・ああ、どこかで、私たちと同じように、 家族と悲しい別れをしているんだなぁ・・。 ぼんやりしたアタマでそんなことを考えた。 それでも私は、凍り付いたように動けない。 声も出ない。 たちつくしているだけ。 ママに駆け寄って、抱き着いて、 ママ---!!!って、泣くこともできない。 父も兄も、一緒だった。 ただただ、父と息子と娘がぼんやりとつっ立って、 ・・声も出せずに、 遺体となった母親の前で涙を流しつづけている・・・。 立ち尽くす私たちの前で看護婦さんがてきぱきと、 ママをぐるぐる巻きにしていた管をはずしていく。 注射もはずす。 いろいろな機械を片付ける。 「いま、お母さんをきれいにしてあげるからね。」 優しく私に微笑んで、 看護婦さんは母の顔をコットンでぬぐう。 それから、どうやっておうちにたどり着いたのかは 覚えていない。 思い出したくないのかもしれない。 ・・・・2/10、とてもとても、寒かった夜。 |
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