泣いちゃうかもよ

2 最後の会話








絶望的だった









ママが倒れた原因… くも膜下出血





脳卒中だ。
明後日、手術。





手術の前に再出血をしてしまったら、 植物人間になっちゃう…。





父は、だいじょうぶだいじょうぶ、盲腸の手術よりカンタン!!
って言ったけど、両手は握りこぶしのままだった








そんなワケないだろう、、、









私は嫌な気分で一杯になり、父親から目をそらす













外ではちょうど昼休みらしく
病院の職員が輪になってバレーボールをしていた







楽しげな笑い声が聞こえる










・・・・・ボールといっしょに、粉雪が舞っている













集中治療室で、ママはうわごとばかりいっていた







小声でうわごとを繰り返すママ・・






ベッドの手すりにつかまって、家族でママを覗き込む





ママはつぶやいている
・・・・・おだやかな表情で





ふいに、ママの優しい声が私を呼ぶ




 うろちゃん・・・・


 ・・・・ね、うろちゃん・・・




 栗を買ったから、茹でてもっていこうね・・・
 から揚げも、たーくさん、作るからね・・




 ・・だいじょうぶよ・・
 おみかんも、たくさん買っておいたからね・・
 まだ、青いヤツだけどね・・





 ね・・・





 ね、うろちゃん・・・

 あとは、何をお弁当に持って行こうか・・・

 いつものところに、 ビニールシートをしいて・・・・
 パパとお兄ちゃんと、待っているからね・・・。  








ママは夢をみているんだ・・。
運動会の前の日、こんな会話を、そういえば・・。  






あの運動会が終ったころ、父は事業に失敗した





そして、1年前に手に入れたばかりの、
持ち家を手放した




手放した家・・ママの念願の、持ち家だった。



小さいけれど、見晴らしが良い丘の上に、一戸建て。
家が建ちあがる前から、土曜になると、
私を連れては建築予定地にでかけたママ。



「ここが台所になるのよ、ここがお風呂、
そして、ここが庭だから、犬小屋はここ・・」
家の土台の中に立ち、
走りまわって、


はしゃいでいたママ・・。






引越しをするなり、
眠るひまを惜しんで夜中に花や植木を植え込んで、

我が家の犬にほえられたり、
近所のヒトに怪しまれたワ、と笑っていたママ・・。





カーテンや家具や照明器具を選んだときの、
うれしそうなママ、

それを見守る、やさしい父の笑顔。





レースのカーテンが揺れる新しいリビングで、
ママが奏でる柔らかくて優しいピアノの音色







たった1年でその何もかもを捨てて、
あんな、せまい、きたない、 うすぐらい、

今にも崩れ落ちそうに荒廃しきった
町営住宅でひしめいて生活をする前の、
ママにとってきっと、イチバン楽しい思い出のころ・・・。







 うろちゃん・・・。  





ママがふいにうでをのばす




いつでもやさしくさしのべてくれた、白くて細いうで。
今は点滴の管さえ重たそうに、痩せて細くなった、ママのうで。





私は無意識に、両手でママの手をとる・・・・。  




 冷蔵庫に、ジュースがあるからね…。
 うろちゃんの、好きなアレ・・。
 ね?うろちゃん…。  



 うろちゃん・・・?





ママのうわごと。  





「ウン、わかった、冷蔵庫ね?ありがとう。」



私はなぜか、とっさに、ママのうわごとに返事をしていた
(今考えても、なぜかはわからない)








ママはワタシが返事すると、
 うん、うん、とうなづいた・・。








私の声が聞こえたのだろうか







それとも、ママの夢の中の私が答えたのだろうか。
ママ…。今、ここにいる私がわからずに、
記憶の中の私に話しかけているの?・・・







だいたい、家には今、冷蔵庫なんてないのだ。




いや、正直に言えば
あのとき、家にはほとんど、ナニもなかった。

電話は隣家から呼び出しをしてもらうことになっていたし
ガス台は携帯ガスコンロがあるだけで

ガスがもったいないから、と
ストーブの上で煮炊きをしていたんだ、母は。


まったくひどい家だった。

家のまん前は薄暗く湿った墓地。
家が傾いでいるのか、
ふすまが突如、音もなく倒れ掛かってくるし
トイレの扉を空けるのも閉じるのも力技だったし
(もちろん水洗トイレなんかじゃなかったし)
どんなに戸締りをしっかりしても、
家の中はいつでも木枯らしの通り道のようだったし
隣家のぼけたジイサンが、しょっちゅう無遠慮に我が家をのぞきこんでいったっけ




それでも母は

いつでも鼻歌なんぞを歌いながら
心づくしの料理と笑顔で、食卓を飾ってくれていたんだ










「ママ!なに言ってるの!しっかりしてよぉぉ!」



父は泣き崩れ、
兄は青ざめて、だまって病室を出ていった・・





私は、といえば

どうしていいかわからずに
ママの手を握ったまま



ただ、ぼーっとつったっていた・・・。









その夜、ママは脳の血管がまた破裂して、
昏睡状態に陥ってしまった。


手術の前に再出血をしてしまったら、 植物人間になっちゃう・・



そう言われた日、
手術の予定日の、前日のこと。







ママと私


会話は、それが、最後だった












私はそれまで、 せまくて汚い家にいかなきゃならないことや、
自分の思い通りにならないことで
家族にヤツアタリばかりしていた・・




両親と歳の離れた兄に 愛されあまやかされ、
挫折知らず、わがまま三昧に育っていた私。




いつでもどこでも、彼らの庇護の下だったから





自分の欲求が叶わないハズはなかったのだ、今までは。







そんな私には
父の事業の失敗がどういうことか理解できず
彼女たちが、どれほど私を守ろうと努力したか





それでも笑顔を絶やさなかった両親が、






どれだけ本当は・・・






・・・辛かったのか












そんなこともわからずに、、、わかろうともせずに、
自分だけが「悲劇のヒロイン」だと確信していて、
やさしいママの呼びかけにも、いつでもツンケンしていた








社長、社長、と慕われ頼られ、
いつでも人々の視線の中心にいる立場から一転

隠れるように
逃げまどうように

夜明け前の凍りつく街を新聞の束と共に走りながら
(まるでのたうちまわってるようだ)




それでも
そんな状態でありながらも
明日を信じて、家族に笑顔をむける父親が









・・・・ワガママなワタシには、許せなかった。










生まれて初めての悲しみに驚いてとまどって、
暗く意地悪にいじけて、
同情をひこうとしていた、弱い私。ずるい私。










ママは倒れる寸前まで笑顔の裏で家族を守ることを考えて









体中いろんなところに注射針をつきさされ、
点滴の管でがんじがらめに縛り付けられても








それでも

穏やかな顔をしてうわごとを言っている
・・・家族と過ごした思い出の中で・・・・。














ママ、ごめんなさい。ママ、ママ、







ママに「ありがとう」なんて、









あの家を捨ててから初めて言った。  










・・・・・・・最後の会話・・・・・・。










ささいなことだけど、

「ありがとう」って言わせてくれた、
最後の最後まで、どこまでも優しいママ、の、うわごと…。












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